1年掛けてシンデレラロードを駆け上がっていったVtuber鈴波アミ。彼女は1周年記念配信の直前に失踪してしまう。鈴波アミの帰りを待つファン達は、毎日彼女が配信を行っていた23時に1年前のアーカイブを同時視聴して彼女の帰りを待つようになるが、時間が経つに連れてメンバーも減っていき……。
ファン目線から見た、とあるVtuberの1年間の軌跡とその顛末
現実より少しだけVR技術が発展した日本。コロナ禍という非日常に世界が震撼する中、他のことには目もくれずに失踪した推しVtuberの帰りを待ち続けるとあるファンのお話。序盤はあらすじの通り、放置された一周年記念配信の「待機所」を舞台に失踪した彼女の半年間の軌跡を同じファンの仲間達と共に振り返る展開で、特に目新しい事をやっているわけではないんだけどどこか独特な世界観を持つ「鈴波アミ」が語る世界に惹きつけられていきました。喋りが上手くて、声が綺麗で、自分の好きなものにひたむきで……。そんな彼女が自分の大好きなコンテンツを作ったクリエイター達と知り合い、それがきっかけで周知され、人気Vtuberへと駆け上がっていく様子を見ていくのが楽しい。鈴波アミの描写、最初の配信から鈴波アミを追いかけていた最古参ファンである主人公の視点から語られていくので相当推しフィルター掛かってる気がするんだけど、本人そのものではなくファンのオタクのフィルターを通した目線だからこそこんなにも美しいものとして映るんだろうな。第三者の目線から語られることで生み出されていく虚構のアイドル像が印象的でした。
どこか現実に足がついてない感じの彼女のシンデレラストーリーを楽しんでいたら、「失踪したVtuberを半年も待ち続けるキ○ガイたち!」みたいな煽りで待機所が晒されて……からの急転直下の展開が凄い。アンチの煽りに耐えきれずマジレスして炎上した主人公、その際に個人のアカウントを特定されてしまい、以後何をしても「鈴波アミの件で炎上した人」というレッテルがつきまとうことに。鈴波アミのリスナーの総称である「みんな」から逸脱し、ネット上での事件とは全く関係なくコロナ禍で仕事をクビになり、逃げ込んだはずのVR空間で失踪した鈴波アミの噂を聞く。アカウントを特定してVtuberへの復帰を願うが、彼女はVtuberとしての自分の記憶を失っており、Vtuberとしての復帰を拒み、次第に主人公をも拒絶するようになる……。このへん本当に厄介オタクの迷走と見当外れなお気持ち表明が痛々しく、それを身内でもファン同士でもない見知らぬ他人や記憶のない推し本人に直接ぶつけてしまうの、リアルな気持ち悪さが凄い。
そもそもこの物語、鈴波アミの最古参ファンである主人公の最古参ファンとしての面倒くせえ矜持・優越感とか、何も出来ない自分には出来ない事が出来るクリエイターたちに嫉妬するあまり視界を狭めていく厄介ぶり、ひたすら狭めた世界の中でさらに「推し」を美化して依存を高めていく精神性が一人称のはしばしから透けて見えて良くも悪くも痛々しいんですよね。いやでもドン引きしてる相手に逆に畳み掛けちゃうのとか最古参ファンの面倒くせえムーブとかあまり他人事ではない……気をつけよう……新規にウザがられない古参でありたい……。
ボロボロになりながらも掴み取った、最高の景色が美しかった
心の拠り所だった「鈴波アミ」から拒絶され、自暴自棄になった主人公を救ったのはVR世界での友人である「tos」さん。彼によって冷静さを取り戻した主人公は、自分が拒絶して狭めてしまっていた世界には鈴波アミを待ち続ける人たちが無数に存在することを教えられる。そして炎上によって繋がりを失ってしまっていた待機所で半年を過ごした仲間達と再会し、残された隠しメッセージの存在を知る。もう本当にtosさんが主人公を見捨ててたら普通に主人公が絶望して終わるだけだった気がするので本当にこの人が懐クソデカでよかったな……。人脈を辿って鈴波アミを作り上げたクリエイターたちに連絡をとった主人公は自分が炎上したことすら反撃のための力に変えて、ファンもアンチも巻き込んで“彼女”を蘇らせるためのステージを築き上げていく。「鈴波アミを待っています」というシンプルなメッセージを彼女に伝えるためだけに用意された最高の景色。ネットに散らばる無数の想いが奇跡的に噛み合って一つの所に結実していくクライマックスが、何も持たない主人公だからこそ渡すことが出来た彼女の記憶の最後のピースが、とても美しかったです。
そしてエピローグ、特別な存在に恋い焦がれながらも「特別」になれたかもしれない機会を振り払ってふたたび「名無しの誰か」に戻っていく主人公の姿が印象的でした。やろうとすればいくらでも別人として1からスタートを切れるのがネットの良いところだよな……。