「好きラノ」で見かけて気になった本その2。王道スポ魂のような修行描写、腐りかけていた主人公のコンプレックスの克服と成長がめちゃくちゃ熱い。彼の抱える葛藤を理解できない周囲とのすれ違いがどこまでももどかしいんだけど、「勇者の息子ではない自分」になるため、両親の最大のライバルである魔王とともに遥かな高みへ第一歩を踏み出そうとするラストがとてもよかった。面白かった!
魔王×勇者の息子の「最強バディ」が遥かな高みを目指す
魔王を倒した勇者二人の息子として、常に周囲からの強すぎる期待とプレッシャー中で生きてきた主人公・アース。どんなに努力しても評価されず、他の勇者の子供たちとの実力差を見せつけられる日々は着実に彼の心を腐らせていった。そんなある日、倉庫で眠っていた勇者の剣に宿る魔王の幽霊と偶然の邂逅を果たしたアースは、なぜか魔王から力の使い方を教えてもらうことに──!?最初は片想い(?)しているメイドのサディスへの主にヨコシマな目的とかで上手いことモチベを上げられていって、そこから少しずつ、気が付けば自らのコンプレックスに真摯に向き合って行くアースの姿が印象的でした。全体の半分くらい修行の話してるんですけど、子供の遊びのような所から実践的な戦術に結びついていくトレイナの教え方がまた面白い。修行を通してこれまで流されるように父の跡を継ぐ道を選ぼうとしていたアースが自分は本当は何をしたいのかを見出し、その上でかつて強くなりたかった理由をも思い出して原点に立ち返って成長していく、ド王道な成長展開が楽しかった。
そこかしこで描かれる、周囲とのすれ違いが哀しい
「優秀すぎる親を持ち同じ道を歩まんとする子の苦悩」というのはわりと親子関係を描くお話では定番の題材だと思うんですけど、その葛藤を周囲の誰にも理解されず、それ故に少しずつ周囲からの純粋な好意をも信じられなくなっていったアースの苦悩がしんどい。トレイナとの修行は本当に楽しいのですが、その合間にもそこかしこで周囲とのすれ違いやコンプレックスを刺激させるようなエピソードが挟み込まれるのでますますもどかしい気持ちになる。そんな中でトレイナだけが自分を理解してくれて…となるので、ますます彼らとの心の距離が離れていく。そんな周囲との軋みが表面化してしまうのが、手近な目標として二人が努力を重ねてきた御前試合。アースの成長と活躍が気持ち良い一方で、「勇者の息子ではない、俺自身を見てくれ」と必死に叫ぶ姿に胸が痛くなってしまう。しかもその叫びが、一番認めてほしかった大切な人々に、最悪のタイミングで拒絶されてしまうのだからもう。
特にサディスに関してはトレイナに弟子入りした時点でこの展開は避けられなかったのだろうなあと感じるのですが、フィアンセイなんかはちゃんと話をすればある程度は理解者になってくれたのでは…と思うのでそこが改めてもどかしい。アースの発言をいちいち勘違いして空回る恋する乙女ぶりは可愛くもあるのですが、それが全くの勘違いなので素直に喜べないこともあり。そして両親は本当にどうしてもう少し息子のことを理解してあげられなかったのか。
最悪の形で幼馴染達と、家族と離れることになったアース。それでもなお、自分を「勇者の息子」ではなく「アース自身」として世界中に認めさせるため、トレイナと共に遥かな高みを目指す──というラスト(と書いて「はじまり」とよむ)がとても良かったです。Web小説原作物は割と1巻の時点でオチてないものが多い印象なんだけど、本当に綺麗にお話をまとめつつ「長い物語のはじまり」として描かれているのがすごく良かった。
書き下ろしがめっちゃいい
書籍版描き下ろしが今回のお話をトレイナの視点から描く短編なんですけど、これが本当に良かった。アースと周囲の人達のやり取りに対して感じていたモヤモヤ感が見事に魔王の視点から解説されていて、改めてアースの境遇に胸が痛くなってしまう。特にアースの両親、愛情が無いわけではないけど親としてどこまでも未熟なんだよな…というかもういっそ愛情無かったほうがアースとしては割り切れたんじゃないかなこれ…。親子団欒の最中にアースが彼らの心からの言葉を信じられずに曲解してしまうシーン、魔王視点で描かれると改めて冷水を浴びせかけられるような衝撃が。自分を倒した勇者の息子の境遇に共感し、敵であるはずの人間達の生み出した物語に熱中するその姿が人間味溢れすぎていて、いろいろな意味でサディスの回想の中に登場する非道な魔王の所業と重ならない。このへんも色々と裏があるんだろうか……続きが気になる。