役者としての道を諦め、現在は企業所属の執事系Vtuberとしてトーク配信や朗読などを行っている正時廻叉。Vtuberとしての活動に楽しさと手応えを感じてはいたが、登録者数が思ったように伸びないことが少し気にかかっていた。そんな中、所属するVtuberユニットの新メンバーオーディションに面接官として参加することになるが、そこで自分の雑談配信に救われたと言う引きこもりの少女・三摺木弓奈と出逢い……。
歌い手、イラストレーター、元役者。理由(ワケ)あって、Vtuber!!
バーチャルシンガー、ラッパー、ギタリスト、イラストレーター、役者。全員が芸術家気質であり、それぞれの道で挫折してワケあってVtuberに転身したという過去を持つ異色の企業Vtuberユニット「Re:BIRTH UNION(通称リバユニ)」。そこに所属する元役者の執事系Vtuber・正時廻叉がひとりの引きこもりの少女を少しだけ前向きにさせ、自分を追いかけてきた彼女の存在に少しだけ救われる……というお話。芸術家気質というかそれぞれが生命を掛けてでも続けたい何かを持っていて、更にそのことで挫折を経験している……という共通の過去を持つリバユニメンバーのVtuberとしてのあり方がこれまで読んできたVtuber物の中ではかなり異質で、とても印象深かった。当たり前のように自然に自分のやりたいことに生命を掛けていくVtuber達の姿に心を揺さぶられる。Vtuber物、ガワを被りながらもあくまで「ありのままの自分」を見せていって、それが受け入れられる……という趣旨の物語が全体的に多い気がするのですが、この作品のメインとなるリバユニはVtuberというガワと剥き出しの自分を使って本来の自分とは全く別のナニカになろうとしている文脈を感じるというか……0期生のステラ・フリークスを頂点に彼ら彼女らが全員で一つの大きな「物語」を作ろうとしていく姿が面白かったです。彼らの作ろうとしているものはまだ全く見えてこないけど、なにかとてつもなく面白いことが始まろうとしている気がしてワクワクする。
そんなユニットの中で、虚構と現実……ふたつの日常を行き来するうちにお互いが混ざり合っていく……そんな主人公の私生活が印象的でした。伝説的なバーチャルシンガーであるステラ・フリークスに傅きながら仲間たちと共にひとつの世界を作り上げ、リスナー達と濃厚な時間を過ごしていく……という「リバユニのVtuber2期生・正時廻叉」としての虚構の世界。役者として挫折した過去のこと、現在の登録者数が伸び悩んでいること、生活費や上京のこと……悩み多くもありふれた毎日を送る「元役者の青年・境正辰」の現実。ふたつの自分が混ざり合う感覚、タイトル通りに虚実混在していく現実に警鐘を鳴らす自分もどこかにいて。
そんな悩み多き正時廻叉/境正辰の日々に変化が訪れたのは、新人オーディションに現れた少女・三摺木弓奈との出会い。自分の配信によって救われた……と語る弓奈の言葉に登録者数が増えないことを思い悩んでいた正辰自身も救われて、という関係性が良かった……のですが、少し残念なのは彼女のVtuberデビュー直後で1巻が終わっていることか。書籍化を想定してないWeb小説の書籍化1巻目だと割とよくあるパターンで、続きは2巻で……ということだとは思うんだけど今回はほぼほぼ正時廻叉の物語で終わってしまったし、もう少し先まで入れてほしかった感じはするよなあ。廻叉自身もちょっとしたキッカケで伸びそうなキャラではあるしここから伸びます!みたいな伏線も沢山貼られているんですが、そのへんも匂わせだけで終わってしまったのでやや不完全燃焼みある。
いろいろな意味で起承転結の起で終わっちゃったみたいな部分あったので、次巻でどういう方向に進んでいくのか楽しみにしてます。
ところで、電子版特典SSで掲載されていたステラ・フリークスの過去編がとても良かったです。良い意味でリバユニの「物語性」を補強してくれるストーリーだったというか、「最初の七人」と呼ばれた伝説のVtuber達が一度だけ手を取り合い伝説となり……そのまま永久に手を離した物語。いや、もうこんなの神話じゃん……。