転生前の記憶を持つせいで周囲から少しだけ浮いて生きてきた主人公が、かつて神だったと自称する不思議な兄弟と共に名前を喪ったモノを治療する和風ファンタジー。古代日本風の世界観に現代のモノが“流れ着く”という世界観が面白い。小さな積み重ねで少しずつ自信を失っていた主人公が、少しずつ自信を取り戻していく姿がアツい。
和風ファンタジー×異世界転生な世界観が楽しい
気がつけば異世界に転生していた八重。この世界では転生者は珍しくなく、しばらく過ごすうちに前世の記憶は薄れてしまう──というのだが、彼女の場合は現在に至っても前世の記憶を鮮明に持ち続けており、そのせいもあってどこか周囲と馴染めない毎日を送っていた。まず古代日本を思わせる和風ファンタジー世界に異世界=現代日本から漂着したと思われるモノやヒトが根付いている、という世界観にときめきました。巨大なウィスキー瓶やコカ●ーラの缶の中に人が住んでる設定、その時点でワクワクが止まらないんですよね。この辺の風景どしどし挿絵にしていってほしいしなんなら気が早いけどコミカライズの際はぜひとも背景が上手い人にお願いしたいまである。(カラーピンナップで1枚まるっと世界観のイメージイラストとか関連地図とかあったらめちゃくちゃテンション上がった気がするんですが、ビーンズはそもそもカラー口絵ないんですよね…)
まだ何者にもなれぬこの世界では名前が魂を規定している。それを見失うと魂が歪んで異形と化してしまう。前世の記憶を強く持っていてこの世界の理に縛られない八重ならば異形と化した魂までももとに戻すことができるはず──ということで、ひょんなことから生命を救ってもらった金色の虎・亜雷から頼まれて(半ば強引に)異形と化した魂を“治療”することになる、というお話です。
見た目より大人びた少女の、等身大な悩みと成長
20代半ばで転生し、その記憶を失わないまま大きくなった八重。外見よりも大人びていて、よくも悪くも『聞き分けの良い子供』だった彼女は生まれ育った村に馴染むことが出来ず、疎外感を感じていた。やがて、同じ村の少女達とともに隣村に嫁入りすることになるが、嫁入りの最中にそんな彼女が決定的に自信をなくすような出来事が起きてしまう。どこまでも自分に自信がなく、後ろ向きな八重の姿にもだもだすることも多いのですが、彼女が繰り返し訴える「少しだけ後回しにされた経験」、そういう小さな出来事の繰り返しが彼女に自信を失わせたという話にはどこか共感してしまう部分がありました。別に気にしなくても良いような些細なことでも、自分が弱気だったり、何度も続くと気になってしまう事ってありますよね。
前世から持ち続けてきた小さな自信のなさが、転生後に自分だけ前世の記憶を持ち続けたことで周囲に壁を作ってしまったこと、そしてこの世界の住人の殆どが持っている魂の形「四環」を持たなかったことで大きなコンプレックスになっていく。そんな彼女が亜雷達と出会い「四環」を持たないからこそ出来る“神様治療”を通じて少しずつ我を取り戻していく姿が印象的でした。
1巻の時点では恋愛要素は薄め(でもそれが良い)
八重が意味もわからず行っていた儀式により魂を縛られ、色々思うところはあるが彼女を守ると決意した金色の虎・亜雷。そして八重が初めて意識的に“治療”を施した白い虎・栖伊。1巻は八重が対象的な兄弟に振り回されながらも少しだけ自信を取り戻し、自立していくことを選ぶ物語です。少女向け文庫の物語にしてはびっくりするほど恋愛要素がなかった(最後にちょっとだけ恋心の萌芽みたいな描写はある)んだけど、亜雷と八重の間にはまだまだ色々な心の壁があるわけだし、そりゃそうだよな、となる。無理にそういう方向に持っていかれない展開が個人的には好印象でした。
いろいろな意味で獣系男子な亜雷の野生で生きてるぶりも良かったけど、めちゃくちゃ爽やかな笑顔でしれっと爆弾発言する栖伊がお気に入り。いや恋愛的には亜雷ルートで確定だと思うんですけどね!!