メイドのネルラから隷従の魔法を掛けられ、意に沿わず気の狂った令嬢を演じ続けていたラビィ。16歳の雨の日、奇跡的に魔法の影響から脱するのと共に前世の記憶を思い出す。ここが乙女ゲーム『ハリネズミの国にようこそ』の世界であり、自分は悪役令嬢としてヒロインのネルラを苛め抜き、婚約破棄から処刑エンドに至る脇役キャラであることを。処刑される前に逃げなければと思うものの、ネルラに操られていた頃の影響で味方もなければ体力もない。食事すらロクに取れない状態で……!?
雨垂れで岩を穿つかのような、努力と根性の物語
転生モノっぽいし、タイトルからなんとなく「おかゆ(※すごいマジックアイテム)」みたいなものかとおもったら違った!孤立無援の状態で目と鼻の先の破滅フラグを突きつけられた主人公がまずは「体力をつける」という本当に小さな一歩から始めて少しつづ人間としての矜持と尊厳を取り戻していくお話でした。ネルラに隷属・監視される日々から抜け出したのは良かったものの10年以上食事をまともに与えられなかった彼女の見た目は骨と皮だけ、歩くのもやっとという重篤な栄養失調状態に。貴族の高カロリーな食事は胃が受け付けず、家族も含めて家の人間はネルラに骨抜きにされていて食事を任せられるような従者もおらず、仕方なく自ら夜な夜な食堂に赴いては前世の料理の知識を元に米を茹で、(他に食べられるものがないので)「おかゆ」を作って食べるという毎日を送ることに。
これに限らずとにかくレベル1どころかバッドステータス盛り盛り状態で身動きの取れない所から始めた主人公がチートもユニークスキルも使わずとにかく少しずつ自分のできる範囲で努力を積み重ねていく展開がとても良かったです。前世が営業職という設定も色んな意味でメンタル強くて草の根活動から頑張る彼女の行動に説得力を感じられてよかった。ヒロインの目を盗んで鍛錬(というか体力づくり)を繰り返し、おかゆから少しずつ味のある食べ物にステップアップしていって、魔法への理解を深め、国外逃亡のための資金を貯め、その中で周囲の人間達との確執も少しずつ取り払われていって……地道な行動によって少しずつ味方も増えてくる。そんな彼女の小さな努力が実を結んで国家を脅かす巨悪を打倒するという、雨垂れ岩を穿つを地で行くようなクライマックスでとても心地良かった。対して、敵であるゲームヒロイン・ネルラはラビィなどすぐに潰してしまえるような圧倒的な力を持っていて、いい感じにストーリーに緊張感がある。彼女とは開始直後に距離をおくことになるので意外に本編ではあまり関わってこないんですが、一度彼女が動いたら最後これまでラビィが地道に積み上げた物も全てひっくり返して即破滅目前!!みたいな状態になってしまうのでハラハラしながら見守る羽目になりました。
恋愛要素もちゃんとあるけど、破滅エンドに立ち向かうので精一杯なラビィが自分への恋愛感情に全く気づいていなくて、全てが終わってからようやく恋愛の方に意識が向くのさもありなんで良かったな。こんな極限の状況でイチャイチャされても反応に困るもんな。偶然ふたりのやりとりを目撃した弟のフェルから「姉さんがいやらしい目で見られてた!」みたいなこと言われてしまうの本当に微笑ましくて笑ってしまう。努力の人なヒロインとその努力にこそ価値を置く彼の人はお似合いだと思うし、幸せになって欲しい。
「乙女ゲーム」の使い方も面白かった
このお話、とにかくものすごい努力と根性の物語ではあるんだけど、元になった乙女ゲーム『ハリネズミの国にようこそ』の転生後世界の関わり方がめちゃくちゃ面白かった。そもそも乙女ゲームの悪役令嬢転生モノで「ゲームヒロインが悪」というのは割りと珍しくはないけど、ゲームの展開が何らかの事情で歪められていたりゲームヒロインも転生者で〜という展開が殆どなのでこの作品のように元々の設定としてゲームヒロインが悪・悪役令嬢が被害者となっているのはかなり新鮮に感じる。また、ゲームに登場するキャラクターの名前が動物モチーフで統一されていて、その名前がキャラクターの内面や立ち位置を理解する上でのヒントになっているのも興味深い。果たして『最高のバッドエンドをあなたに』というキャッチは誰の視点から言われたものなのか?バッドエンドを謳っているのにヒーローと両想いになるエンディングがメインに据えられているのは何故なのか?ゲーム内に散りばめられた様々な伏線が、現在ラビィが生きる現実の世界で窮状を打開するためのヒントになっていく展開が最高に面白かったです。ネルラから逃れる方法を探していくうちに転生前には気づくことの出来なかった様々なゲーム世界の裏設定が明らかになっていくのが印象的でした。
1冊で綺麗にまとまっているし、そういう意味でも凄く良かったな。
小説家になろうに掲載されている番外編も良かったし、コミカライズも良かったです。オススメ!