ふとした拍子に前世の記憶を取り戻したアレクサンドラ。自分は乙女ゲームの悪役令嬢で……王子からの婚約破棄・断罪イベントはもう目前まで迫っている!?ゲームのエンディングまであと24時間、アレクサンドラはフラグをひっくり返すために奔走することに……!!!
痛快な逆転劇と並行して描かれる細やかな感情の動きがとても良かった
面白かった〜!!!なりふり構わず自分の手足になりそうな面々を買収し、婚約者の浮気の場面をデバガメさせ、婚約破棄を切り出される前に自分から婚約を破棄し、自分を断罪するはずの攻略対象達を次々と断罪の場に登場できないようにしていく……とにかく爆速でぶち壊されていくフラグと、終盤の容赦のない「ざまあ」展開が痛快。「RTA」のサブタイに恥じることなく中だるみ一切なしで1冊で綺麗にまとまってるのもポイント高かったです。爆速でフラグを覆していく容赦の無さとは裏腹に、主人公が元来の「アレクサンドラ」としての矜持や年齢相応の恋心も見失ってはいない姿が印象的でした。人格は元のアレクサンドラのままで「転生者」として知識と柔軟性が兼ね備えられていくので、王子の婚約者として磨き続けた深い見識・前世から得たこの世界の現在未来に関する知識・公爵令嬢としての地位が合わさって実質最強なんですよね。ゲームで待ち受ける多彩な死亡・破滅エンドを回避してギリギリ貴族として生き残るルートを進んでいるのにも関わらず、「芋女(ゲームヒロイン)に膝を折るくらいなら処刑・追放エンドの方がずっとマシ!!」と言い切るアレクサンドラの高潔さがとても良い。元々コミカライズが面白くて手を出したんですが、小説以上にテンポ良くフラグ破壊が進む愉快痛快なコミカライズ、スピーディーな展開の間にもアレクサンドラの内心での繊細な感情が濃厚に描かれる原作小説という感じで、どちらもそれぞれの強みが生かされていて良かったです。
多少嫉妬深い部分はあったとしても、王族・貴族としての思惑を完全に無視してアレクサンドラを婚約破棄して庶民の女を正妻に取り立てようとする王子アルフォンソのやろうとしていることは普通に(この世界の王侯貴族のやりかたとしては)おかしいわけで、恋に盲目なあまりそんなことにも気づけない王子が自らゲームのバッドエンド=無惨な破滅へと向かって突き進んでしまうのはとにかく滑稽なんですが、そんな彼に三行半を突きつけながらも自らの抱いた恋心にどこか後ろ髪を引かれてしまうアレクサンドラの姿が、ただ敗北者をあざ笑うだけではない展開が、最後の最後で漏らしたただひとつの本音が、すごく良かったです。この手の「ざまあ」もの、相手側が破滅したほうが面白いけどあまりにも容赦なさすぎると逆にしんどくなってしまうときがあるんだけど、ただ愚者をあざ笑うだけではないバランス感覚が凄く好き。
主人公と何もかもが正反対の「ゲームヒロイン」の凋落が印象的
一方、もうひとりの転生者であるゲームヒロイン・ルシア。アレクサンドラと対称的に幼少の頃に前世を思い出して人格ごと前世のそれに塗り替えられてしまっていた彼女はあくまでゲーム感覚で最高難易度の逆ハーレムエンドを目指す。あくまでゲームのとおりに物事を勧めていたルシアは、ゲームと現実の知識をフル動員してフラグをひっくり返していくアレクサンドラの逆転劇に途中で半ば気づきながらも何も対応することができずにあっさりと敗北してしまう。そんな彼女の傍らには、常に一緒にいた「親友」の姿があった──。ヒロインサイドで描かれるゲームヒロイン・ルシアの凋落と、それに付き従いヒロインサイドの語り手として登場する「親友」が時折見せる彼女への執着がまた良かったです。ゲームの全てを知りつくしているからこそ王子と自分が今どこに突き進もうとしているのか解ってしまうクライマックスでのルシアの恐怖は察して余りあるものがある(そしてアレクサンドラの口から語られる逆ハー失敗エンドの展開がキツすぎる)し、最後まで眼の前の相手を人間ではなく「ゲームの攻略対象」としてしか見られなかった少女が滑稽で、哀れでもある。少しでもゲームではなく自分が転生した世界の「現実」をちゃんと見れていたら少しは変わっていたのかもしれないけど、語り手である「親友」が彼女の目を覆い隠していたのもおそらくあるんだろうなあ。
物語を読んでいる際に感じていた物語への違和感が次第に形となっていく展開は印象的でしたし、何より「語り手」の正体が明かされるエピローグがめちゃくちゃ良かったです。いや、コレは良いヤンデレ百合ですわ……。