命からがらイエット共和国にやってきたライナとフェリス(と割と普通に別の船で入国してきたミルクと愉快な仲間たち)。早速「勇者の遺物」の調査を開始しようとするが、イエットは強くなければ生きていけない、弱肉強食の世界だった。「伝説の勇者の伝説」シリーズの幕間のエピソード+書き下ろしの過去編を収録した番外編短編集第3巻。
こいつら、まるで仕事する気がない!
強盗のアジトになっている宿がフェリスやミルクの破壊行為によってめちゃくちゃにされる「でんじゃらす・ないと」から続く一連のイエット共和国編のインパクトが凄い。ミルクさんがいつのまにか、理由もなく威力の高い広範囲魔術で周囲に破壊を振りまく困った人になってる気がするんですが!?強くなければ生きていけない弱肉強食の世界・イエット共和国……裏を返すと強者には生きやすい世界ということで、ライナもフェリスもミルクも普通に順応してしまっているのが面白かった。あと、本編や前巻の過去編で描かれたローランドの所業が鬼畜すぎるので、イエット共和国の治安の悪さとか意地の悪さとか割と可愛く思えてしまうんですよね。もう3人ともイエットに移住して楽しく暮らしちゃいなよ(本編を全否定するな)。それにしても、前巻からそういう兆候あったけど、ミルクはライナしか見てないし忌破り追撃隊の面々はミルクのことしか見てないしフェリスはだんごしか見てないし……で、本当で誰も仕事する気がなくなってきた気が。ここまでくるとライナが一番仕事する気ある。互いの欲望のために暴走する女性陣に振り回されてて気がついたら一番真面目に仕事してるライナは強く生きてほしい(なお仕事をする気があっても仕事ができてるとは言ってない)
いろいろな意味でこれまでの巻と比べても暴走ぶりが激しく楽しい巻でしたが、個人的には路地裏に捨てられた猫を定点から観測する「すとれい・きゃっと」が特に好き。オチはまあいつも通りの女性陣のド付き合いなんだけど、捨て猫を前にさりげなく乙女チックな未来の夢を語って赤くなるフェリスさんが可愛かった。だんごの味の違いが解る旦那ってもしかして……短編のフェリス、ややラブコメ寄せの波動を感じて可愛いですよね。それにしてもこれだけたくさんの人に声をかけられてるのに結局ライナ以外の誰もちゃんとした餌のくれないの、猫も強く生きてほしいという気持ちでいっぱいになりました。
明るく楽しいけど(?)不穏なフラグが見え隠れする過去編
書き下ろしの「天才は眠れない」はローランド帝国軍に連れてこられたばかりのライナが、同年代の「天才」と呼ばれる少年少女と共にジュルメ・クレイスロール訓練施設で地獄の特訓を受ける話。訓練を受ければ受けるほど自由時間(というか睡眠時間)が削られていって、異常なまでに睡眠への執着を募らせていくライナの姿が印象的と言うか本編でも番外編でもライナが常日頃「寝たい」ばっかり言ってるのこういう理由か〜〜〜!!!いともたやすく行われるえげつない睡眠時間削減の数々に笑ってしまったけど実際にやられる方はたまったもんじゃないですよね。この掌編のライナって一体何徹状態なんだ。地獄のような特訓の日々を共に過ごすのは訓練所の師匠であるジュルメと、『先天性魔導異常』で能力は高いがプライドが高くワガママな少女ピア、ローランド帝国の実験体として身体能力を代償に『全結界』という力を手に入れた少年ペリア。3人とも特殊な経歴を持つこともあってかライナの『複写眼』にも物怖じせず、むしろ当時のライナには到底届かないような高みから見下ろしてくる。師匠であるジュルメから無茶苦茶な特訓・課題を与えられ、戦闘や魔術の技術を吸収して、(睡眠時間を得るために)時折模擬戦という形でライバルたちと切磋琢磨するという日々はやってることはしんどくてもどこか楽しそう。ライナの心に芽生え始めていた「自分が異常な力を持つ“怪物”だ」という薄暗い認識もなりを潜めていって……お互いに遠慮しない関係になっていくのに胸が熱くなりました。
前巻の重苦しい雰囲気とは違ってかなり明るくて楽しいお話だっただけに、ラストのくだりがもう不穏すぎてもう……そしてそこから短編4巻の書き下ろし章題の不穏な文字列がもう……。